かつてない速度での若者たちの脳の老化
高齢になれば、どんな方でも脳は老化します。
程度の差があるだけで、老年に達したときには、ほぼ全員が脳は老化するということは特に問題のあることではありません。
ウクライナ大統領を「ビレンスキー大統領」と呼んだりする(報道)ことも何の問題もありません。
そうやって人は、加齢と共に、さまざまな活動に対して終わりに向かって進んでいくわけで、むしろ高齢者の脳の老化は美談とさえ言えます。
しかし、若者は違います。
若いうちに脳が老化するということは基本的に悲劇であり、なぜなら、それが損傷ではなく、機能的な「老化」である場合、
「不可逆的である可能性がある」
からです。
脳機能の低下は、ある程度の改善ができることがあるにしても、それが脳そのものの構造的・機能的なものであった場合、なかなか元に戻っていくことは難しいようにも思います。
最近、米スタンフォード大学心理学部の研究者たちによる研究論文が発表されていまして、その内容は、パンデミック前と後を比較すると、
「 9歳から 13歳までの子供たちの脳が 3〜 4歳老化していた」
ことがわかったというものでした。
論文は以下にあります。
COVID-19 パンデミックが思春期のメンタルヘルスと脳の成熟に及ぼす影響: 縦断的データの分析への影響
Effects of the COVID-19 Pandemic on Mental Health and Brain Maturation in Adolescents: Implications for Analyzing Longitudinal Data
今回は、この論文を取りあげていたアメリカの教育系メディアの記事をご紹介したいと思いますが、論文でも記事でも、「原因は、パンデミック中のロックダウンなどによる心理的圧迫」などに焦点があてられています。
まあ、そりゃ確かにそうだと思います。
2020年のロックダウン中は、アメリカの若者の 4分の 1が、自死を本気で考えたと答えていたこともありました。
以下は、2年半前の記事です。
忘れることのできない「狂気」がそこにありました。
[記事] 「過去4週間で1年間分の自殺企図と遭遇しました」:アメリカで爆発する自死の波…
In Deep 2020年5月23日
しかし、アメリカのロックダウンが終わって基本的にそろそろ丸2年です。
精神的被害からかなり時間が経った後から、PTSD (心的外傷後ストレス障害)を発症する事例は多いです。
そのため、現在も、かなり多くのメンタル疾患の方々が増大しているとは思いますけれど、しかし、この研究で語られているのは、
「 MRI で認められる脳の形態的な退化」
なのです。
確かに、精神的圧迫は、特に子どもの脳の発達を阻害します。
それでも、今回の極端に速度の早い脳の老化については、
「他の物理的な要因もある」
と考えざるを得ません。
最近は、なんでもかんでも「ワクチン」というような以前の書き方は、あまり良くないと思っていまして、今回も特にそれと結びつける意志はありません(めっちゃくちゃ関係あるとは思っていますが)。
ただ、先ほどの論文を読んでみますと、比較の時期が、
・2016年 11月から 2019年 11月までの子供たちの脳のデータ
と
・2020年 10月から 2022年 3月までの子供たちの脳のデータ
となっていまして、2021年全体を含む時期となっています。
ともかく、アメリカの子どもたちの「脳が老化している」ということについての報道です。
日本でもある程度起きているかもしれません。
アメリカの十代の脳はパンデミック中に早期に老化した。学校は注意すべきだ
Teen Brains Aged Prematurely During the Pandemic. Schools Should Take Note
edweek.org 2022/12/02
十代の若者たちの脳は、パンデミックのロックダウンによるストレスと孤立の中で、ほんの数か月で何年も老化していた。
医学誌 Biological Psychiatry Global Open Science に掲載された新しい研究は、パンデミックが脳内の感情および意思決定メカニズムに慢性的な毒性ストレスと同様の影響を与えたことを示唆している。
研究者たちは、2016年にカリフォルニア州サンタクララ郡で 9歳から 13歳までの 200人以上の子供たちの成長を追跡し始めた。
広範な社会的孤立、学校の混乱、経済的不安定、健康ストレスによって学生たちがどのような影響を受けたかをテストした。
研究者は以下のように述べている。
「アメリカ内のすべての若者たちがパンデミックを経験しました。...そして、これは、1年間のロックダウンを経験した結果として私たちが見ているものです」
「私たちは、人生の初期の逆境やストレスが生物学的老化や脳の成熟を加速させることを知っています。そういう意味では、私たちを驚かせたのは、脳の老化の方向性ではありませんでした。問題は、そのような比較的短い期間でこれほど顕著な老化があったということでした」
パンデミック前に成人したティーンエイジャーと比較すると、2020年に 10か月のロックダウンを経験したティーンエイジャーたちは、脳の扁桃体、海馬、大脳皮質に 3 ~ 4年の早期老化が見られた。
脳のストレスと「老化」
大脳皮質は、脳の外層を構成するニューロンの束で、高度な推論、言語、および記憶に関連している。同様に、同じく集中力、学習、記憶に関連する海馬と、感情の調節と衝動の制御に関連する扁桃体は、子供が成熟するにつれて成長する。
しかし、以前の研究では、虐待やネグレクトなどの深刻な逆境を経験した子供たちは、脳の皮質が薄くなり、扁桃体や海馬の領域が腫れて早期老化が見られることが示されている。
有毒なストレスに関連する場合、これらの変化は、記憶や学習の問題、不安やうつ病などの精神疾患のリスクが高くなることに関連している。これは、パンデミック以降、ティーンエイジャーの間でメンタルヘルス障害が急増していることを説明する理由となる可能性がある。
研究者は以下のように述べる。
「 15歳の若者の脳が 18歳または 19歳の脳のように見えることは、大した意味がないように感じられるかもしれません。しかし、私が非常に重要だと思うのは、そのような変化が、メンタルヘルスの悪化に見られる、不安や、うつ、自殺念慮、そして悲しみと恐怖の増加と関係することなのです。 それらには脳の変化が伴うことが示されています」
しかし、この調査結果は、十代の若者たちが、学問的または感情的にパンデミック前の状態に回復できないことを意味するものではない。
脳の可塑性(新しい情報や環境に適応する能力)は、さまざまな年齢の青少年の間でそれほど違いはない。むしろ、「学校のスタッフにはメンタルヘルスのデータに注意を払い、精神的苦痛の兆候を示している十代の若者たちをできる限りサポートするようにしてもらいたいと考えています」と研究者は述べている。
最近のある調査では、思春期の若者たちの圧倒的多数が、不安、抑うつ、ストレスが学習の最大の障壁になっていると報告している。
今回の研究チームは、これら十代の若者たちが 20歳になった時に、再度脳をスキャンして、脳がパンデミック前の発達軌道に戻っているかどうか、または変化が時間の経過とともに続いているかどうかを判断することを計画している。
「脳の老化状態が続くのか、それとも(脳の老化が)パンデミックのストレスに対する一時的な反応なのかはわかりません」と研究者は言う。
「老化の加速は、彼らを元の年齢に戻すのを遅らせる可能性があります」