本来は素早く変異しにくいはずの二本鎖DNAが
少し前に話題となった後に、今や急速に話題が萎んでいるサル痘ですが、感染確認者そのものは増加し続けています。
6月25日までのデータでは、感染確認数の累積は、4,151人となっています。5月19日の感染確認数は 47人でしたので、1ヵ月と少しで 100倍くらいになった感じです。
最近、ポルトガル国立衛生研究所の研究で「サル痘ウイルスが、非常に速い速度で変異している」ことがわかったことが報じられていました。予測されていた数値より、6倍から 12倍の割合で変異していたのだそう。
ただ、サル痘ウイルスというのは、たとえば以下は国立感染症研究所のサル痘のページからですが、
> ポックスウイルス科は、感染細胞の細胞質で増殖する、遺伝物質として二本鎖DNAを持つ巨大なエンベロープウイルスで…
とあり、これが「二本鎖 DNA ウイルス」であることがわかります。
二本鎖 DNA というのは、ヒトを構成している核酸と同じで、本来は安定しているものです。
「 DNA って、そんなに速く変異する?」とは思いました。
たとえば、コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどは 一本鎖 RNA ウイルスというもので、不安定な構造をしているため、変異がとても起きやすいものですが、二本鎖 DNA ウイルスは長く安定しているものです。
ですので、数十年前に設計されたような天然痘ワクチンが今でも効果があるようです(天然痘ワクチンは副作用も大きいですが)。
以下の記事の後半に、100年ほど前に米軍がフィリピンで行った天然痘ワクチンの強制接種についての悲惨な状況を記しています。
[記事] サル痘ウイルスは「感染力を保持したままエアロゾル化して浮遊する」ことを示す過去の論文。そして、今後の問題となるのは、またもウイルスそのものではなく「ワクチン」かも
In Deep 2022年5月25日
それはともかく、DNA に変異が起きにくい原因として、例えば、東洋大学の生命科学部 生命科学科 分子遺伝学研究室の、一石 昭彦教授のページには以下のようにあります。
> こうした複製のミスに影響しているのが、化学物質や放射線、紫外線です。
>
> しかし、普段から常にこうした影響を受けていてもDNAに突然変異がほとんど起きないのは、すべての生物が、このようなDNA損傷の脅威に対抗する仕組みである「DNA修復機構」を持っていて、DNAを正常に保っているからです。
>
> 「塩基除去修復」や「ヌクレオチド除去修復」をはじめとする、さまざまな修復系が常にDNA損傷を認識し、除去・修復しているのです。 (東洋大学)
変異しにくいとはいっても、「変異する要因があれば変異する」ということのようですけれど、ただ、仮に、今のサル痘が、感染メカニズムに関してまでも大きな変異を起こしているのであれば、「既存の天然痘やサル痘のワクチンが効かない可能性」もあります。
いずれにしましても、現在のサル痘は、何とも不思議な DNAウイルスです。
ここから、ポルトガル国立衛生研究所の研究に関する記事です。
サル痘は予想よりも速い速度で進化していることがわかった
Monkeypox found to be evolving at a faster rate than expected
MedicalXpress 2022/06/27
ポルトガルの国立衛生研究所 Doutor Ricardo Jorge の研究者チームは、同じくポルトガルのルゾフォナ大学の同僚と協力して、サル痘ウイルスが予想よりも速い速度で進化していることを発見した。
科学誌ネイチャー・メディシンに掲載された論文で、研究者たちは、収集されたウイルスの遺伝子研究について説明している。
サル痘は天然痘と同じ属の二本鎖 DNAウイルスであり、主にアフリカの人々に感染していたもので、科学者たちは 1950年代からその存在を知っていた。
サル痘という名前にもかかわらず、ウイルスはサルよりも、げっ歯類でより一般的に見られる。以前の調査によると、サル痘には主に西アフリカとコンゴ盆地の2種類がある。現在、アフリカ以外の数千人に感染しているのは前者の株であり、それほど致命的ではない。
以前の研究では、サル痘のようなウイルスは、通常では、特定の年に 1回または 2回しか変異しないことが示されていた。
この新しい取り組みでは、研究者たちは 15人の患者からサンプルを収集し、それらを遺伝子分析にかけ、ウイルスの進化の速さについて詳しく分析した。
その結果、サル痘ウイルスが予想の 6〜 12倍の速さの割合で変異していることを発見した。
研究者たちは、ウイルスのこの突然変異率の急激な加速は、ウイルスが人に感染する新しい感染方法を開発した兆候である可能性があることを示唆している。感染者との密接な接触や体液と共に、あるいは空中飛沫による感染などだ。
突然変異を研究したところ、研究者たちは、突然変異のいくつかが人間の免疫系、特に APOBEC3 と呼ばれるタイプの酵素 (※ 一本鎖DNAを基質とする酵素群。発ガンの原因ともされる)への曝露によるものである可能性を示唆する兆候を発見した。これらは、遺伝暗号のコピー中にミスを引き起こしてウイルスを殺す。
ウイルスのいくつかがそのような攻撃を生き延び、それらの遺伝子を伝えた場合、それらは、人間の免疫システムに対抗するための次世代の変異を得ただろう。
そしてそれは、ウイルスが予想よりも急速に変異している理由を説明することができる。
研究者たちはまた、サル痘ウイルスが、人間のコミュニティで低いレベルで循環しているか、他の動物に広がっている可能性があることに注目している。